統合報告をめぐる議論

IRに関して昨今最も活発に議論されているテーマの一つに、「統合報告」と、それを作成する必要があるのかという問題があります。

初めに、いくつかの用語について定義しておきます。世界中の規制当局、投資家、企業、基準策定当局、会計士、NGO団体の連合体である国際統合報告委員会(IIRC)は以下のように定義しています。

  • 「統合報告とは、組織の戦略、ガバナンス、パフォーマンス、見通しが短期・中期・長期的にどのように価値創造につながるのかについて簡潔にまとめたものである」1

またKPMGは次のように述べています。

  • 「統合報告は、企業が事業に関するストーリーを資本市場に対してより効果的に説明するベースとなる。総合報告の原則を応用することによって、企業はアニュアルレポートをより質の高いものにすることが可能になる。報告は、長期的な事業価値をより深く理解されることを目的として、ビジネスモデルを中心に作成される。統合報告は、既存の財務報告やサスティナビリティレポートに取って代わるものではなく、必要に応じて関連付けられることや、統合報告に既存の報告書の内容が組み込まれる場合がある」2

統合報告の現状

現時点では少ないが、導入する企業は徐々に増加傾向にある:KPMGの「CSR報告に関する国際調査2011」によれば、「調査を実施した企業の中でCSRを統合していると回答した企業の大部分は、アニュアルレポートの中に独立した章を設けているにすぎない。現在、非常に多くの企業がさまざまな方法でCSR情報を発信していることを考えると、統合報告は明らかに、単なるアニュアルレポートのプロセス以上のものを網羅していると考えられる」と書かれています。また、「これら全てのことは、統合報告がまだ実験的段階にあることを示している。(中略)現在、環境および社会に関するCSR情報をその他の主要な企業情報とほぼ同等に取り上げて取締役報告書に記載している企業は、15社に1社の割合である」とも書かれています。

同様に、CSR情報をウェブ上で提供しているCorporateRegister.comは、「2011年は約6%の企業がCSR報告に統合報告を採用しており、その割合は緩やかだが着実に上昇している」と指摘しています。3

日本では、2012年末時点で約40社の企業が何らかの形で統合報告を発表したと言われています。

全体的に見ると、本格的な統合報告に移行した企業の数はまだ少なく、統合報告そのものがまだ過渡的あるいは実験的段階にあると当社はみています。

統合報告の提唱者

経営学の学会: 統合報告の積極的な提唱者として有名なのが、マサチューセッツ工科大学スローン・マネジメント・スクールが発行するMITスローン・マネジメント・レビューのイノベーション・ハブ(イノベーションに関する記事)の編集長を務めるデービッド・キーロン氏と、ハーバード・ビジネススクールで経営実践学を専門とするロバート・エクレス教授です。両氏の主張を要約すると、企業は「準備を進めるべきである。統合報告は将来的に企業報告の形態として義務付けられる」とのことです。しかし、統合報告を提唱する両氏ですら、「多くの企業にとって統合報告を採用するかどうかは各社の任意であり、実際には大半の企業がいまだ採用していない」とも言っています。とはいえ、統合報告を導入する企業が徐々に増えているという事実は、統合報告の義務化を支持する両氏の主張を裏付けていると言えるでしょう。

キーロン氏やエクレス氏のように、どちらかというと穏やかに主張するタイプの提唱者は、「企業報告は事業活動をより明確に伝えるだけでなく、事業活動を促進させる効果も兼ね備えている」と考えており、自分たちの主張が世界を変えることができると信じているようです。言い換えると、情報開示が義務化されれば、企業はCSRへの取り組みを企業戦略の中に組み込まざるを得なくなるということです。そして先の二人の提唱者はおそらく、企業が環境問題やその他のCSR関連問題に真剣に取り組むようになり、今後10~20年で世界が良くなると考えているようです。

NPO組織:IIRCと、サスティナビリティレポートを推奨するグローバル・レポーティング・イニシアチブ(GRI)は、統合報告の枠組み作りに協力して取り組んでいます。取り組みの中でIIRCは、統合報告の枠組みが世界的に受け入れられることを目指してパイロット・プログラムを立ち上げており、いくつかの要素について次のように述べています。

企業価値を説明する上で、無形資産の果たす役割がますます高まっている:IIRCは2011年の活動報告書「統合報告に向けて」4の中で、コンサルティング会社OceanTomoによる調査結果「OceanTomoの無形資産の市場価値に関する調査」について、統合報告を推奨する上で重要な根拠として引用しています。調査によれば、1975年当時、S&P500指数の市場価値の83%は物理的・財務的要素が占め、その他の要素(無形資産を含む)が占める割合はわずか17%にすぎませんでした。2009年になるとその状況は劇的に変わっています。市場価値において物理的・財務的要素が占める割合はわずか19%となり、その他の要素が81%を占めるようになっていたのです。

結果として、無形資産に関する情報の必要性が高まっている:こうした傾向がもたらす結果について、IIRCは次のように述べています。「投資家は明らかに、非財務要因の重要性を認識しているにもかかわらず、入手可能となっている情報が、意思決定に十分な状況にあるとは感じていない。例えば、持続可能性にかかわる課題は、企業戦略や事業運営に完全に組み込まれるべきであると経営者は認識しているが(世界の大手企業のCEOの96%がこうした意見を表明している)、その一方で、ブルームバーグの調査によると、何らかの持続可能性情報を報告している上場会社は21%しかない」。

IR担当者(IRO)に統合報告がもたらす実務的課題についての検討

以上見てきたように、統合報告の採用は、株主に財務情報を提示するための主要な開示文書であるアニュアルレポート(AR)や、環境や社会に対する影響に責任を持って取り組んでいることを幅広いステークホルダーに示すためのCSR報告といった、現在の一連の開示文書の見直しを意味します。企業が統合報告を発表するということは、IRやCSRの担当者がARとCSR報告の内容をどうにかして合体させ、提唱者が言うところの「一つの報告書」にまとめなければならないことを意味します。

一方で統合報告の作成に関するもう一つの方法として、財務情報やCSR情報を、関係のある他のさまざまな報告書や情報源および媒体から取り入れる、「関連付け報告(connected reporting)」という方法が考えられます。

一見、ARとCSR報告の内容を「統合」することは、単純にコスト面から考えれば魅力的に見えるかもしれませんが、果たしてコストが最も重要な基準なのでしょうか。ARは基本的に定義付けが明確で、最も重要な開示項目を網羅し、現代の情報過多の時代において適正な情報量を維持しています。ところが、CSR報告書は全く異なります。実際に300ページに及ぶものもあります。CSR報告とARを一つにまとめるには、情報量をある程度制限し、両者で重複する内容を削除する必要性が生じると指摘する企業もあります。しかし、統合報告への移行に伴う影響について注意深く検討したところ、単に二つの報告書を合わせるだけでは、株主にもそれ以外のステークホルダーにも不満の残る内容になる可能性があるということが分かりました。株主の視点で見ると、投資家にとって「ゴミ」でしかない情報が大幅に増えたり、あるいは投資決定にあまり関係のない情報が多過ぎたりといったことが考えられます。一方で、企業が生産拠点を置く地域のコミュニティ、政府機関、NGO団体といった他のステークホルダーにとっては、与えられる情報が質的にも量的にも不十分と感じられるかもしれません。

統合報告が投げかける疑問について考える

誰にとっての価値を生み出すのか:統合報告をめぐってはいくつかの疑問が提起されています。英国勅許公認会計士協会(ACCA)は次のように述べています。「対応すべき重要な課題の例として、提示されている投資家の関心の妥当性をめぐる検討や、『誰にとっての価値か』(投資家か、ステークホルダーか、社会全般か)を明確化する必要性といったものが挙げられる。また、簡潔な一つの報告書で異なるニーズに対応できるのか、今後は統合報告が主要な報告書となるのかといった疑問については多くの議論がなされている」。

証券アナリスト:アナリストからは、CSR活動と企業の短期・中期的業績、さらには長期的見通しとの間に明確な関連性を見出さなければならず、統合報告の真の価値をなかなか理解できないことがあるとの意見が上がっています。実際のコメントをいくつか挙げてみます。

  • ニューヨークのアナリスト:「統合報告の効果は企業が属するセクターによって異なる。エネルギー、製薬、B2Cなどのセクターでは、財務・社会・環境という三つの成果の関連性が明確であるため、統合報告は有利に働く可能性がある。一方で金融セクターの場合はCSR報告よりもARの方が重視される」。
  • アナリスト2:「われわれが知りたいのは、CSR活動と業績の関連性である。文化活動、清掃活動、コンサート、慈善イベントなどを長々と列挙するのはやめてほしい」。

  • アナリスト3:「ある企業の統合報告を見ると、真っ先に探すのは業績について書かれている場所なのだが、報告書の終わりの方にある。それどころか、これはARの前にCSR報告が追加されたような感じだ。実際のページ数は別として、内容的には報告の20%がARで、CSR報告が80%を占めている印象を受ける」。

IRの専門家にとってより現実的なアプローチとはどのようなものか

ターゲット・オーディエンス、彼らの情報ニーズ、重要性に改めて焦点を当てる:日本国内や海外の金融センターにいる投資家と企業を結ぶ橋渡し役である企業のIR部門およびIR担当者(IRO)の基本的役割とは以下の通りです。

  • 投資家の的を絞る:投資家の中で自社がターゲットとする層を見極め、ターゲット投資家を選定し、彼らの情報ニーズを把握する。

  • 投資家のニーズに応える:投資家のニーズに応え、タイムリーに対応ができるように、先見性をもって行動する。

  • 重要情報を伝える: 2011年3月、米最高裁判所は「割愛された事実の開示により情報の『全体的意味合い』が大幅に変わることが推定されると相当数の投資家がみなす可能性が極めて高い場合、米証券取引所法第10条b項に基づく重要性に関する要件が適用される」という裁定を下しました。つまり、IROには「CSRの重要性」(ここでは仮に、将来的に企業価値を創造し続けることのできる企業力とCSR問題との関連性と定義します)という考え方を投資家に説明する責任があるということです。

最後にIROと経営陣が連携しなければならない理由:非営利組織やビジネススクールの学術関係者といった統合報告への移行を推進している側は、政策上あるいは理論上の観点ばかりに集中していて、日常のIR活動、すなわちIRにとって戦略上の経営責任である、企業の株価が公正な評価を得るためにIROが日々行わなければならないことには目が向いていないように思えます。

そこで、当社としての見解を述べますと、「経営陣との連携」と「CSRの重要性」、すなわちCSR活動と持続可能な企業価値の創造との関連付けが、統合報告をめぐる問題を実務レベルで考えるために不可欠であるということです。

「経営陣との連携」を実現するためには、日本企業の中には組織内におけるIRのポジションを見直さなければならないところもあるでしょう。欧米の大手企業ではよくあることですが、IROはできるだけ経営陣の近くに置く必要があります。経営陣はCSRについて理解し、企業の未来にとって重要なものとそうでないものを見極め、それを戦略に組み込む必要があります。

まずは、IROと経営陣を組織的に近い立場に置くことが、両者が「CSRと持続可能な企業価値の創造との関係性」を具体的に示し、ある期間において特定のCSR活動が企業にとって重要であることをアナリストに説明できるようにするための第一歩です。

統合レポートとIRに関する当社の考察

  1. 統合報告は世界レベルで見ても、(a)統合報告に関する基準、(b)何らかの形で統合報告を作成していると明言している企業の数、という双方の点において依然として実験的または過渡的段階にあります。
  2. IRは、企業の株価が公正な評価を得る上で重要な戦略的経営責任です。そのため、アニュアルレポートの中でCSR情報について説明する際は、重要性という評価基準に少しでも多く合致しているほど、投資家や他のステークホルダーにとってより有益なものになります。
  3. 同様に、多忙なアナリストや投資家がすぐに理解でき、企業の業績と容易に関連付けられるように、統合報告は焦点を絞った内容にする必要があります。
  4. 重要な問題は、どのような統合報告あるいは関連付け報告であれ、それが短期・中期・長期的な企業価値創造の可能性について投資家や他のステークホルダーが評価し、行動を起こす上でどのような影響を及ぼすかという点です。
  5. 「統合報告は、既存の財務報告やサスティナビリティレポートに取って代わるものではないが、必要に応じて関連付けられることや、統合報告に既存の報告書の内容が組み込まれる場合がある」と、先に述べました。最適な情報開示の方法と形態は、企業の性質、業界、株主やステークホルダーの構成、資本コスト、およびその他の要素によって異なります。実際に、綿密に計画を立てることなく、ただARとCSR報告を一つに合体させればいいという考えでは、利益どころか害にしかならない恐れがあります。

経営およびIRに関するコンサルティングを専門とする株式会社インベスター・インパクトは、個別企業のニーズに真摯に応え、財務、戦略的経営、企業広報に関する各社の目的に最も適した情報開示の報告方法とツールをご提案します。

分析:
代表取締役会長 C.テイトラトクリフ
代表取締役社長 トーマスR.センゲージ

1 IIRC, Integrated Reporting , “What is Integrated Reporting ?,” http://www.theiirc.org/
2 KPMG, Integrated Reporting: Performance Insight through better Business Reporting Issue 2, “Key Insights,” page 41 http://www.kpmg.com/au/en/issuesandinsights/articlespublications/better-business-reporting/pages/integrated-reporting-issue-2.aspx
3 http://www.corporateregister.com/blog/crra12/getting-to-grips-with-integrated- reporting
4 IIRC, Towards Integrated Reporting, Communicating Value in the 21st Century http://theiirc.org/wp-content/uploads/2011/09/IR-Discussion-Paper-2011_spreads.pdf