この度、金融庁は「『責任ある機関投資家』の諸原則 ≪ 日本版スチュワードシップ・コード ≫ ~投資と対話を通じて企業の持続的成長を促すために~1」の最終版を発表しました。このプレスリリースのタイトルの通り、「最終版の発表は、機関投資家に本コードの受け入れを促すことになる」ことを示しています。IRにとって、本コードは果たしてどのような意味をもつのでしょうか

より規制強化に向かうグローバル金融市場

日本版スチュワードシップ・コードは、これまでの日本の慣行では、規制当局が国内外の機関投資家に対して何ら行動指針を与えてこなかったという状況からの脱却を意味するものです。時を経て、機関投資家と投資先企業との間の透明性の向上を目指し、2000年8月のSECによる公正開示規則(レギュレーションFD)の施行に始まった一連の動きの中で、日本版スチュワードシップ・コードもその一環として認識することができます。SECの公正開示規則では、いかなる非開示情報も、ひとたび特定の投資家に開示したら、他の全ての投資家にもただちに情報を開示することを企業に求めるものです。この規則により、企業は特定のアナリストや投資家を優位な立場におくことが出来なくなりました。

2008年9月のリーマン・ブラザース破綻とそれに続く世界的な金融市場での巨大な価値の毀損は、その後の世界的な景気低迷によってもたらされた機会損失は言うまでもなく、グローバルな金融システムにおけるプレイヤー達の不適切な行動を調査しようという機運を高めることになりました。その結果、米国では、2010ドッド・フランク・ウォールストリート改革および消費者保護法の成立へとつながりました。この法律はその名が示すとおり、投資関係者により広範な金融改革と一層の投資家保護を求めるものでした。

世界の主要な金融センターで起きたもう一つの重要な変化は、英国の2012金融サービス法に基づく英国金融サービス機構の3法人への分割です。その一つに金融行動監視機構(FCA)があります。2013年のインベスター・リレーションズ学会の年次総会において、FCA市場部長のデビット・ロートン氏は「規制と国際化が進むIR」と題する講演の中で「健全性の監視と行動の監視に役割が分割されたので、我々はより行動監視に集中し、不適切な金融行動の要因となる実態をより把握できるようになった」と述べています。氏は特にスチュワードシップについても言及しており、「投資家にとって役にたつツールを(ロンドンの資本市場)システムが提供するためには、投資家が今のスチュワードシップを受け入れ、個人投資家に対する責任を果たすという形で市場に参加することが必用だ」と語っています。

この発言が意味するところは、今日、金融業界内の事情もあって金融市場は規制強化の方向にあるということです。しかし、ロートン氏は「規制の中での成長というのは、金融市場が国際化する過程にはつきものだ」とも指摘しています。

原則主義の日本版スチュワードシップ・コード

本コードの目的は、前文に端的に述べられています。「本コードにおいて、『スチュワードシップ責任』とは、機関投資家が、投資先企業やその事業環境等に関する深い理解に基づく建設的な『目的を持った対話』(エンゲージメント)などを通じて、当該企業の企業価値の向上や持続的成長を促すことにより、『顧客・受益者』(最終受益者を含む)の中長期的な投資リターンの拡大を図る責任を意味する。」

日本版スチュワードシップ・コードは、法制化や投資家に遵守させる規則を作ることが目的ではありません。この点については具体的に「本コードは、法令もしくは法的拘束力を有する規範ではない」と記されています。むしろ、本コードは原則主義と細則主義との考え方の違いに基づいて書かれています。原則主義は、相互に利害のある関係者が一般的に合意されている項目について定めることを目的とするのに対し、細則主義では、規制当局が遵守すべき項目の詳細を規定しています。一般に、日本と欧州の規制は原則主義に基づいており、米国のSECはより細則主義に近いといえますが、いずれもそれぞれに利点があります。

日本版スチュワードシップ・コードは、「comply or explain」(原則を実施するか、実施しない場合はその理由を説明する)手法を採用し、投資家に裁量を与えるものとなっています。本コードはこの点について特に「本コードの原則の中に、自らの個別事情に照らして実施することが適切でないと考える原則があれば、それを「実施しない理由」を十分に説明することにより、一部の原則を実施しないことも想定している。したがって、前記の受入れ表明(公表)を行った機関投資家であっても、全ての原則を一律に実施しなければならない訳ではないことには注意を要する」と断っています。

言い換えると、本コードは機関投資家の行動の透明性を増すことが主旨であり、受益者に対する受託者義務の履行を妨げるような規則で縛るものではありません。にもかかわらず、本コードを受け入れる機関投資家に対しては以下のことを求めています。

  • 「コードを受け入れる旨」(受入れ表明)及びスチュワードシップ責任を果たすための方針など「コードの各原則に基づく公表項目」(実施しない原則がある場合には、その理由の説明を含む)を自らのウェブサイトで公表すること
  • 当該公表項目について、毎年、見直し・更新を行うこと
  • 当該公表を行ったウェブサイトのアドレス(URL)を金融庁に通知すること

日本版スチュワードシップ・コードの国際規準との関連性

本コードは7つの原則を掲げています。これらは2012年9月に英国財務報告評議会が発表した英国スチュワードシップ・コード2の原則を参考にしています。日本版の7つの原則は以下のとおりです。

  1. 機関投資家は、スチュワードシップ責任を果たすための明確な方針を策定し、これを公表すべきである。
  2. 機関投資家は、スチュワードシップ責任を果たす上で管理すべき利益相反について、明確な方針を策定し、これを公表すべきである。
  3. 機関投資家は、投資先企業の持続的成長に向けてスチュワードシップ責任を適切に果たすため、当該企業の状況を的確に把握すべきである。
  4. 機関投資家は、投資先企業との建設的な「目的を持った対話」を通じて、投資先企業と認識の共有を図るとともに、問題の改善に努めるべきである。
  5. 機関投資家は、議決権の行使と行使結果の公表について明確な方針を持つとともに、議決権行使の方針については、単に形式的な判断基準にとどまるのではなく、投資先企業の持続的成長に資するものとなるよう工夫すべきである。
  6. 機関投資家は、議決権の行使も含め、スチュワードシップ責任をどのように果たしているのかについて、原則として、顧客・受益者に対して定期的に報告を行うべきである。
  7. 機関投資家は、投資先企業の持続的成長に資するよう、投資先企業やその事業環境等に関する深い理解に基づき、当該企業との対話やスチュワードシップ活動に伴う判断を適切に行うための実力を備えるべきである。

本コードに対するコメント

本コードを検討する場として、金融庁に「日本版スチュワードシップ・コードに関する有識者検討会」が2013年8月に設置されました。原案が公表され、2014年1月と2月にパブリックコメントが実施されました。3

意見の中には賛成、反対の両意見がありましたが、賛成の意見は以下のようなものです。

  • 本コードは英国スチュワードシップ・コードやその他の国で策定された類似のコードと同様の、包括的なアプローチを記載している。
  • 私達は有識者検討会がいくつかの重要な概念に焦点を当てたことを称賛する。それらの概念の中には、望ましい長期的な視点に言及したことや“follow through”の仕組み、例えば、毎年の更新や、モニタリングの効果の継続的な見直しや対話を行うこと自体がエンゲージメントの目的とみなされるべきでない旨の声明などが含まれている。

否定的な見解としては、検討会の要約によると以下のようなものがありました。

  • 本コードに準拠することが企業の持続的成長や日本経済の発展に資するとの十分な根拠がないため、導入は時期尚早であり反対。
  • 投資先企業へ投資家が過剰に関与することは株式の「所有と経営の分離」の原則に反し、経営の自由度を阻害し、ひいては企業経営の多様性を失わせ、金太郎飴的な画一的な経営ばか りになって日本経済の競争力を失わせる懸念がある。

日本版スチュワードシップ・コードの影響

日本企業や機関投資家の行動、またステークホルダーのエンゲージメントの枠組みにどのような影響があり、どのような結果をもたらす可能性があるのか、若干の考察を加えてみたいと思います。

1. 長期的な価値の創出と短期的利益

海外の機関投資家について言えば、本コードの実施により、短期的な売買利益から、よりファンダメンタル分析や持続的成長をめざした長期投資機会に機関投資家の注目を向けさせることができるようになります。スチュワードシップ精神のもとでは、投資家は長期的視野に立ち、投資先企業の観察や分析により多くの時間をかけ、経営者に対する付加価値の高い助言をするなどの貢献が期待されます。

2. 資源配分と資本コストの関連

海外の機関投資家がよく懸念するこの点については、本コードにより、リターンが加重平均資本コスト(WACC)を上回る分野に戦略的に資源配分をするように日本企業の関心を向けさせるようになると思われます。詳細については、インベスター・インパクトが実施したセミナーでの配布資料「How Foreign Investors View Japanese Corporate WACC+IR(海外投資家が見る日本企業の資本コストとIR)」4をご参照ください。

3. 新しい株式インデックスとの連携

「JPX日経インデックス400」5と日本版スチュワードシップ・コードとは、互いに補強しているように思われます。つまり、2014年1月に新規上場された「JPX日経インデックス400」は、「資本の効率的な活用や投資家を意識した経営の観点などのグローバルな投資基準に求められる諸要件を満たした、『投資者にとって投資魅力の高い会社』で構成される新しい株価指数を創生します。これにより、(中略)持続的な企業価値向上を促し、株式市場の活性化を図ります」6と謳っています。その他にも、このインデックスは、過去3年間の平均ROEや3年累積営業利益とともに、最低2名の社外取締役を設置するといったガバナンス関連のベンチマークにも合致することをこの選定基準にしています。

4. 企業経営者と機関投資家の溝を埋める

最良のシナリオを描くためには、日本企業はより投資家の声を聞き、彼らが最新の状況を把握できるように詳細な情報を提供し、エンゲージメントを敬遠してはなりません。最良のシナリオにおいて機関投資家は「積極的アクティビスト投資家スチュワード」ともいえる行動をすることが期待できます。こうした機関投資家のスチュワードは、日本の有望な企業を識別し、業績や戦略などについて助言し、事業展開の支援といった、投資先企業の持続的成長や発展に貢献する様々な支援を行うことになります。

5. 新たな日本版コーポレート・ガバナンス・コードに向けて

日本では、原則主義に基づいた新たなコーポレート・ガバナンス・コードの策定に向けた動きも始まっており、経営者と株主双方にとっての利益が最大化するような議論が多く交わされています。実際のところ、ゴールドマン・サックスが調査した「優れたコーポレート・ガバナンスの日本企業トップ40社」を見ても、優れたガバナンスを発揮する企業は、2013年3月期~15年3月期(予測)の高いROE平均値と密接に関連していることがわかります。トップ40社中、上位10社のROE平均値は8.8%、下位10社は5.5%です7。コーポレート・ガバナンス・コードの詳細はまだ確定していませんが、日本企業は今後、対応策を注意深く検討していく必要があるでしょう。

このように、日本版スチュワードシップ・コードは、より一層、国際的な規準や慣行への準拠が進む、進化する日本のIRエコシステムの一部であると言うことができます。この進化するIRエコシステムの文脈において、インベスター・インパクトは、投資家との効果的なコミュニケーションや経営者と株主間のエンゲージメント拡大のための支援、そしてその過程においてIRのお客さまの企業価値にプラスの影響を与えることができる支援を引き続き行ってまいります。

1 http://www.fsa.go.jp/news/25/singi/20140227-2.html
2 http://www.fsa.go.jp/singi/stewardship/siryou/20131018/04.pdf#search='%E8%8B%B1%E5%9B%BD%E3%82%B9%E3%83%81%E3%83%A5%E3%83%AF%E3%83%BC%E3%83%89%E3%82%B7%E3%83%83%E3%83%97%E3%83%BB%E3%82%B3%E3%83%BC%E3%83%89'
3 http://www.fsa.go.jp/news/25/singi/20140422-2/02.pdf
4 http://investorimpact.com/wp/wp-content/uploads/2015/01/a064d41738e0413452b38edeee82aa85.pdf
5 http://www.tse.or.jp/market/topix/jpx_nikkei.html
6 http://www.tse.or.jp/market/topix/jpx_nikkei.html
7 出所:ゴールドマン・サックス・リサーチ