ラウンドテーブルの発表者や討議への参加者が強調しているのは、IROにとって重要なことは「アクティビストの行動主義(アクティビズム)」は無くならない」ということです。主な意見としては以下のようなものがありました。「今は気付いていないかもしれないが、貴社はすでにアクティビストのターゲットとされているか、少なくとも過去に一度はその対象として会社内容を精査されている」「アクティビズムはまだ終わらない」「喫緊の課題はアクティビストにいかにうまく対応するか」

ラウンドテーブルで明らかになったもう一つの基本的な問題は、一口にアクティビストと言っても、その性格は様々だということです。一方の極は、より良いコーポレート・ガバナンスを期待し、長期戦略を重視し、中長期にわたって企業価値を高めるような経営改革を求める、企業に好意的な一群です。このグループに属するアクティビストにはCalPERSをはじめとする年金基金があり、すでにかなりの金額を複数の企業に投資し、長期的な株価の上昇を見込んでいます。もう一方の極は「反体制派」と呼ばれる一群で、その狙いは通常、短期の利益です。反体制派は企業に対して少額から中程度の資金ポジションの投資を行い、自社株買いや増配など短中期に株価を上昇させる施策を提案します。1から始まった「市場の中になぜ組織があるのか」という議論を「内部組織の経済学」「取引コストの経済学」という組織の経済学2として今日の形に完成させた学者なのです。今回はこの人の理論を使って、IRの効果を説明してみます。

IR と取引コスト

誤解を恐れず、ウィリアムソンの理論を今回のテーマと関連の深いところだけを抜き出してごくごく単純化して紹介すると、次のようになります。「そもそも人間の判断力や認知能力には限界がある(限定合理性)のだから、市場で行われる取引の内容について、不正がないか監視したり、交渉したりしなければならない。これが取引を行う上でのコストとなる。また、人間はある一定の条件下では、機会主義的な行動(虚偽やごまかしを厭わず自己利益を追求する)が大きくなるものであり、市場取引で騙されないために使うコストが高くなる」― この、ある一定の条件というのが、取引者間での情報の爬行、情報の偏在ということになります。

ではこれをIRに当てはめてみると、この場合の市場とは資本市場のことで、取引とは株式投資のことであると考えられます。投資家は銘柄を探し、調査し、そして投資する。この段階でかなりのコストがかかります。さらに、投資先の経営者が機会主義に走って投資家を裏切ることがないように監視するコストもかかります(モニタリングコスト)。投資家と企業経営者の間には大きな情報の格差が存在するので、情報開示の良くない企業に対しては投資家がかけるコストは膨大なものになります。このコストが割引率(利子率、株主資本コスト、株主の要求利子率)、言い換えると企業収益に対する期待値となり、投資家は当然、株主資本コストを超えるリターンを投資対象である企業に求めるということになります。ということは、少なくとも適切に経営情報を開示することによって投資家と企業経営者間の情報の爬行を少なくし、相互理解を深めれば、双方の取引コストを下げることができるのではないか。そしてこれこそがIRの存在意義であり、効果であると考えることができます。実際、いくつかの研究の中で、ディスクロージャーの良し悪しが資本コストに影響を与えることが実証されています。3

株主と経営者双方に及ぼす IR の効果

概念としては株主資本コストとIRはこれで説明できたように見えますが、では具体的にはどのようにIRの実行や企業経営に役立てればいいでしょうか。例えば企業の重要な経営指標としてROEがあります。これは簡単にいえば、集めた資本からどれだけ利益を挙げたかという指標ですから、株主にとっては経営努力と投下した資本に対するリターンを図るわかりやすい指標になります。一言でいえば、株主資本コストを超えるROEがあれば、超過リターン(プラスのリターン)が生じます。しかし企業経営者は、株主資本コストをどのように推定し、あるいは経営目標にどのように活かせばよいのか、株主資本コストをどのように推計するか、という問題が出てきます。これについてはCAPMやオルソンモデルなどのいろいろな推計方法があります。詳細な説明は省きますが、IRでは、推計された株主資本コストがどのような考え方に基づいて算出されたものかを示した上で、ハードルレートとしてROEを設定する必要があります。その上で、企業は、株主・投資家の期待リターンを認識した合理的な経営目標を設定し、達成へ向けての努力を訴えるコミュニケーション活動を展開します。これによって、株主は経営成果をモニタリンクすることが可能となり、企業実態を反映した適正な株主資本コストの実現が期待できます。さらに企業側においては合理的な経営目標を達成するための努力がなされることにより、業績の向上について実現可能性が高まることから、資本市場によるガバナンスが機能することになります。このように考えると、IRは企業経営と資本市場にとって大きな効果をもたらす活動ということができます。

セミナーを開催

株主資本コストの推計方法やどのように企業経営に具体的に活かしていくか、という点について詳細に述べる紙面はここではありませんが、11月29日に資本コストをどのように経営に活かしていくかというテーマでセミナーを行う予定です。資本コスト推計に関して世界的に著名なコンサルティング会社であるイボットソンアソシエイツおよび信用リスクと金融資産・企業価値評価に関わるプライシングのコンサルティング会社であるクレジット・プライシング・コーポレーション、そして当社の3社が協力して具体的な事例を豊富に挙げながらわかりやすく説明します。詳細は近く、当社ホームページでお知らせしますので、多くの企業経営者や実務家にご参加いただければ幸いです。

執筆:代表取締役副社長 角 里香

参考論文・書籍
宮永雅好 [2012]「わが国株式投資の活性化に向けた「株主資本コスト」の活用について」『証 券アナリストジャーナル』2012 年 10 月号 27~42 頁 山口勝業(2007)『日本経済のリスク・プレミアム―「見えざるリターン」を長期データから読 み解く』 東洋経済新報社

1 コース:Coase, R. H. (1937) 「企業の本質」でノーベル賞(1991 年)受賞。宮沢健一ほか訳『企業・ 市場・法』第 2 章「企業の本質」(東洋経済新報社、1992)
2 宮本光晴 (2004) 『企業システムの経済学』 新世社
3 音川和久 (2000)「IR活動の資本コスト低減効果」『會計』158(4):73-85