IIRC(国際統合報告評議会)のフレームワーク開発に従事し、その後は数多くの企業の統合報告導入を支援してこられました。支援活動を通じて感じられた問題意識、そして本邦企業の今後へ向けた課題を伺いました。前後半の2回にわたってお届けします。

統合報告書については、どのような問題意識をお持ちでしょうか。

経営者の関与とマテリアリティの特定プロセスに課題を感じています。統合報告書の前提となるのは「統合思考」であり、その下で企業にとって何が重要か、それらがどのように結合して価値創造に至るのか(コネクティビティ)を明確にするのが「統合報告」です。それを形にしてステークホルダーとエンゲージメントするための、あくまでもツールが統合報告書ですが、「報告」という言葉のイメージからどうしてもIRやCSRの専門領域と誤解されがちです。しかし、その前提となる「統合思考」「統合報告」とは経営そのものであり、何がマテリアルであるかの決定は、そのプロセスがトップダウン的であってもボトムアップ的であっても、経営者自身が決めなくてはなりません。統合報告書の作成の過程で、単に縦割りの組織に横ぐしを通すだけでなく、経営者がマテリアリティ決定のプロセスに深く関与することで、企業内の階層に縦ぐしを通し、中長期的にも通用する戦略づくりの基盤を確立することができるのです。この点を実践していくことが、企業の統合報告書作成における大きな課題のひとつです。

おっしゃる通り、多くの担当者の現在の悩みはマテリアリティの特定ではないでしょうか。これはどのように考え、解決することが有効でしょうか。

IIRCののフレームワークでは、マテリアリティ決定プロセスとして4つの段階(関連性ある事象の特定、重要度の評価、優先順位付け、開示情報の決定)を示していますが、これらの内、最初のステージである自社の価値創造に「関連性のある事象の特定」についての理解が特に重要で、ここを間違えると最終結果も自ずと間違ってしまいます。

マテリアリティを特定するためには、まず「自社の長期的に実現したい価値は何か」を特定する必要があります。そしてそれを「どのように実現するか」を明確にし、それに必要な経営資源として、どのような資本が必要で、それをどのように組み合わせるのかを考えていくことになります。実現したい価値というゴールとの関係で、何が本質的に重要かを考える過程で、マテリアルな資本、マテリアルな結合が明確になります。こうした演繹的な考え方を通じて、例えば、お客さま・取引先との関係性を構築する能力がマテリアルであるという企業もあるでしょうし、チームワーク力がマテリアルだという企業もあるでしょう。

さらに、例えば、特定の分野での特許や著作権などの知的資本がマテリアルという企業においては、それを作る人を確保するという観点から「自社が抱える高度なクリエイティブ人材」「有能な人を採用できる企業のブランド価値」「熟練技術者に長く働いてもらえる仕組み」「人材育成のシステム」といった知的資本、人的資本がマテリアルだということになります。様々な資本は相互に関連しているので、価値創造の源泉のそのまた源泉をたどっていくことで、マテリアリティのツリー構造のようなものを作り上げることができるのです。「長期の価値創造へのインパクトが大きい必要不可欠な要素」についての関係性を理解し、重要な要素についてはKPIを設定してモニターしていくことが大切です。無形資産は、その無形であるという特質から、管理することが難しく、放っておいたら失われている可能性もあるだけに、経営者がどこを重要視しモニタリングするかを決めることが、持続可能なモデルを作っていく上でポイントになります。実現したい価値との関係で、様々な資本の中で何がマテリアルであり、それらがどうつながって価値創造を実現していくのかを表現する。それが統合報告の思想であり、現在、オクトパスモデルと呼ばれているIIRCの価値創造モデル図を、IIRCの人たちが「キャピタルモデル」と言う理由もそこにあります。

統合報告や統合報告書は、経営活動そのものであると思いますが、統合報告書で伝えきれないことがあるとすれば、それはどのようなことでしょうか。

統合報告書でカバーできない部分は、熱量だと思っています。その熱量は、対話やエンゲージメントの「場」でしか伝わらない部分ではないかと感じています。また、ステークホルダーとの対話を通じて、今まで見過ごしていた重要な部分があると分かった場合には、それを再度マテリアリティのプロセスに組み込むこともできるという点でも、対話やエンゲージメントの「場」を設けることの重要性がますます高まってきます。それらは一方的な開示では分からないもので、対話をしてこそ分かる部分だからです。「フィードバックを受けてマテリアリティのプロセスを洗 練化させていく」、これが統合報告書の進化にも結果的にはつながると思います。

今後の活動について、ビジョンをお聞かせください。

IIRCのフのフレームワークについての知見をもとに、フレームワークのツールへの落とし込みやKPIを設定する支援を行ってまいりたいと思っています。例えば、価値創造の全体像を示した図を掲載している企業様が多いと思いますが、そこで特定された重要な資本が、他のページにある財務や非財務のハイライト、KPI一覧などの項目との関連性や一貫性がないなど、「情報の結合性」が低いケースが多くあります。恐らく、外部組織が作ったKPIをそのまま流用しているケースが多いのだと思います。ただ、そうした外部組織が作ったKPIは、他社との比較がやりやすくなるという点ではメリットがあるものの、各企業のマテリアリティを考慮して作っているものではないので、企業の戦略との関連性がない、もしくは説明できないものが大半であるという点には注意が必要です。引き続き、他社との横比較がしやすい形式で開示することは重要ですが、大事なのは、他社と違う独自性を示すことです。そのためには、個別の価値創造ストーリーに基づくマテリアルな資源を意識した独自のKPIも設定し、開示する必要があります。企業の長期の価値創造に重大なインパクトを与えているものを特定し、測定してモニターしていく、というような組 織改革に携わり、きちんと経営のPDCAサイクルが回るような形にしていけたらと思っています。


■インタビューを終えて

今回のインタビューでは統合思考、統合報告、そして統合報告書について、概念や日本企業の取り組みの現状についての問題意識をお伺いしました。

統合報告の導入や統合報告書を作成する上で、念頭におくべき様々な視点が指摘されています。皆様のご参考になりましたら嬉しく思います。