IIRC(国際統合報告評議会)のフレームワーク開発に従事し、その後は数多くの企業の統合報告導入を支援してこられました。支援活動を通じて感じられた問題意識、そして本邦企業の今後へ向けた課題を伺いました。前後半の2回にわたってお届けします。

IIRCに参画された経緯とIIRCにおける役割はどのようなものだったのでしょうか。

2011年、WICI*1からIIRCでの統合報告のフレームワークづくりへお誘いを受けたことがきっかけです。IIRCには、WICIが蓄積してきた研究活動の成果を活用して企業が利用しやすい形でフレームワークをつくりたいという思惑があったのです。

IIRCは、他の既存の開示枠組みの作成意図・背景を理解し、優れた部分を参照しながら国際統合報告フレームワーク(以下フレームワーク)を開発しました。原案はテクニカル・タスクフォース、ワーキンググループで議論され、最終的にカウンシルメンバーが承認する流れで公開されました。

統合報告が生まれた背景やその概念について、改めてご説明ください。

「統合思考」という概念が生み出された背景の1つは、2008年の金融危機です。投資家および企業の双方が短期志向に陥ってしまったこことの反省として、より中長期的な考え方で経営を捉え、情報開示を行うことで、短期志向の是正による信頼回復を目指したのです。「統合思考」にはいくつかの側面があります。統合思考における1つ目の視点は、「短期・中期・長期」や「過去・現在・未来」という時間軸です。2つ目は、「内部・外部」という視点です。特に外部という視点においては、置かれている外部環境によって自社の企業活動がどのような影響を受けるか、逆に自社の事業活動が外部環境にどのような影響を与えるのかの両面から把握をすることが大切になってきます。3つ目は、自社にとって良い情報だけでなく、不祥事などのネガティブな情報も開示していかなければならないとする「ポジティブ・ネガティブ」という視点です。これらの視点は、企業を包括的に捉える上で重要な視点であるといえます。

日本企業が統合報告を導入する上で、現在感じておられる重要なポイントと課題についてお考えをお聞かせください。

「統合思考」「統合報告」「統合報告書」という3つの言葉があります。「統合思考」や「統合報告」は目に見えない部分が多いため、形ある「統合報告書」の作成に焦点が当てられ過ぎていることに課題があると思います。

「統合思考」においては、企業の経営資源である様々な資本を俯瞰して捉える必要がありますが、これが難しいようです。というのも、これまで資本といえば、財務資本が中心だったからです。そこで、フレームワークでは6つの資本(財務資本、製造資本、人的資本、社会・関係資本、知的資本、自然資本)を例示的に挙げ、様々な経営資源を包括的に捉えるための視点を提供しています。資本ごとの開示を求めるものではなく、これらをどのように組み合わせて製品やサービスを提供し、価値を創造するのかを示すことが求められています。IIRCの前CEO、ポール・ドラッグマンさんは「情報の結合性がなければ統合思考がないとして判断される」とおっしゃられていますが、この経営資源をどのように組合せ、価値につなげるか、その結合性(コネクティビティ)をわかりやすく示すことが難しいのだと思います。

もう一つ苦労するのが、マテリアリティです。統合報告におけるマテリアリティは、「企業の長期的価値創造の観点から重大な影響を与えるものは何か」という観点で考えます。その際、企業の持続性を左右する長期的な価値創造にも焦点を当てると、おのずと社会的課題を経営課題としてとらえることが必要になります。IIRCの価値創造では、「自社にとっての価値」と「他者にとっての価値」という2つの概念がありますが、マテリアリティを明確にし、その切り口から両者がどのように関連づけられるかを整理することが重要です。

また、「統合報告」を実践する上で報告書は1つのツールであり、報告書を作ることは、そのファーストステージです。報告書作りで終わってしまう企業が多いですが、それではいけません。株主や投資家などとのエンゲージメント、対話の場で報告書を活用し、フィードバックを得て、さらに内容を充実させていくプロセスが「統合報告」の実践の重要な要素です。先日来日したノボ ノルディスクのスザンヌ・ストーマー副社長は、「今はエンゲージメントに力を入れるセカンドステージにシフトしている」とおっしゃっていました。報告書作成の先にある「エンゲージメント」の場での統合報告書の活用が必要なのです。

――次回は統合報告書制作についての課題を伺います。


*1 WICI:The World Intellectual Capital/Assets Initiative 2007年に発足し、ステークホルダーの関心が高い知的資産 /資本や、KPI(Key Performance Indicator/主要業績・価値評価指標 )に関する開示の改善を目指す組織。

Book Review

日経エコロジー (編著) 『ESG経営 ケーススタディ20 』(日経BP社、2017)

昨今GPIFがESGで優れた日本企業を構成銘柄とするインデックスの運用を、運用機関に委託開始するなど、従来の環境対策やCSR活動に加えて、社会課題の解決や生物多様性に配慮した経営を強化する動きが広まっています。本書はESG経営のヒントとなるケーススタディ集であり、先進的な環境経営に取り組む企業の事例が20社紹介されています。

特に経営主体で持続的成長のためのESG戦略が推進されている特徴的な事例として、コニカミノルタ、コマツ、積水化学工業があげられます。例えばコニカミノルタの「グリーンマーケティング」は、自社で培ってきたコスト削減のノウハウを活かし、省エネサービスから自社の事業拡大に結び付けようとする取り組みです。またそれらの取り組みを組織的に行っていくための目標設定として、同社は中期環境計画で「事業価値」と「環境価値」、環境計画と財務目標の両面からKPIの設定がされています。社会課題と事業活動を一体としてとらえるESG経営の具体的な事例集として、参考となる1冊です。

編集後記

世界で発行される統合報告書の1 /4が日本企業といわれている。統合報告への取り組みには、価値創造への日本企業の高い意識が伺える。(り)/セカンドステージへのシフトに来ていると認識を新たにしました。(の)/企業の長期的な価値創造、という目的を見失ってはいけないと感じました。(あ)/「報告書は1つのツール」というのが印象的でした。(ま)