今回は、IR活動とコーポレートガバナンスの関連について検討を行います。

IRは、自社の経営活動を株主に報告することにより企業の成長と経営改善を促す活動であり、株主による企業への評価は経営への規律付けと考えられています。一方、コーポレートガバナンスもまた企業が「よい経営」を行い、「よい企業」となるために成長と経営改善を促す企業行動と言えます。IR活動とコーポレートガバナンスは相互に関連する活動であり、これからのIR活動は、経営情報の発信と株主との対話という役割から、企業と株主、そしてステークホルダーとのエンゲージメントを司るものへと変化していくと予想されます。

1. コーポレートガバナンスの定義

コーポレートガバナンスは、経営者への規律付けが中心であり、経営者への報酬契約、会社の組織構造、およびIRというそれぞれの側面から議論されることが多く、企業組織論、企業金融論など複数の分野にわたって検討が進められています1。企業のモラルハザートを防ぎ、さまざまなステークホルダーに対して、企業価値の最大化を実現する経営を行うことがコーポレートガバナンスの本質であり、企業をどのように規律付けるかということが議論されています2。ここでは、コースやウイリアムソン3に代表される「企業や組織の経済学」を使って、コーポレートガバナンスの問題について検討することにします。

コーポレートガバナンスが必要とされるようになった理由については、次のようにまとめることができます。資本取引では企業と投資家との間に契約関係がないことから、経営者はリスクを逸れた存在となっています。一方で、投資家は経営者に経営を委託せざるを得ず、機会主義から発生する経営者のモラルハザードやエージェンシーコスト*の問題にさらされています。資本取引を行う投資家にとって、エージェンシーコストを削減するためにどうするか、ということが課題となります。そこで経営を規律付けするために、経営に対するモニタリングとインセンティブの組織化、企業の出資者と経営者との資本取引関係をどうするかということについて検討する必要が生じました4。経営者と投資家では情報の非対称性が認められ、加えて限定合理性**により企業経営のモニタリングとインセンティブの組織化は困難な課題です。この課題を企業と組織の経済学では、「組織的解決」(=内部コントロール)と「市場的解決」(=外部コントロール)を取り入れることにより、コーポレートガバナンスの組織化というモデルを使って解決しようとしました。言い換えると組織的解決とは、取締役会を通じたモニタリングとインセンティブの組織化としての発言のメカニズムであり、市場的解決とは、流動化された市場のメカニズムを利用することで解決を図ろうとするものです。現在、この2つのメカニズムをどのように組織化するかということが重要な課題となっているのです。

2. 経営者への規律付けとして誰の利益を守るべきか

ところで、企業を構成する経済主体は株主だけではありません。企業のステークホルダーには株主、従業員、債権者、取引先企業、組織、政府、自治体、企業の位置する拠点を囲む地域住民などが含まれます。それにも拘わらず、「誰が企業を支配するのか」、「企業は誰のためにあるのか」といった議論があります。しかし、例えば株主のものであるとする一方の理念に従うと、これを覆すことが他方の理念となってしまいます。「株主主権とする経営、株主利益を目的とした経営」が成立するなら、「企業のガバナンスを経営者が行う企業は経営者の利益を目的とする」ことになり、「従業員がガバナンスを行う」のであれば企業は「従業員利益を目的とする」ことになります。これは全く現実的な議論ではありません5。重要なことは、企業経営の規律が低下し、企業業績が低迷した場合において規律を高め、業績向上を図るコーポレートガバナンスとは何かということを追求し、ガバナンスを具体的に実践していくことです。

3.コーポレートガバナンスの機能(実践的なコーポレートガバナンス)

数年前まで、株主利益を追求するシェアホルダー型のガバナンスと従業員や顧客利益を図るステークホルダー型ガバナンスシステムのどちらが経営規律を高め、企業業績の向上を達成できるかということが議論の的でした。しかし、アメリカにおける不正会計であるエンロン事件、日本企業における90年代の業績の低迷や最近のオリンパス事件など日米のガバナンスシステムが空洞化された事実が示すように、シェアホルダー型ガバナンスが有効である場合もあればそうでない場合もあり、それはステークホルダー型のガバナンスシステムにおいても同様です。最終的にはガバナンスが機能しているかどうかについて、企業の信頼性や競争優位性をどのように担保しているのか、との観点から判断されなければなりません。この議論は昨今のアベノミクスとも整合的で、政府がコーポレートガバナンスに力を入れるのもこのためと考えられます。

しかしながら株主の利益を確保するために経営者を規律付けすることが重要とされる主張もあり、その要旨をまとめると以下の3点となります。

  1. 法的な契約関係から見るとステークホルダーの中で株主の権利が一番犯されやすい。株主以外のステークホルダーは通常、企業と何らかの取引関係にあり、それらの関係諸法規で保護されるのに対して、株主は残余請求権者に過ぎないため、出資に対する支払いが最後となる。
  2. 株主以外のステークホルダーは企業と何らかの取引関係にあり、多くの場合不明朗な関係に陥りがちであり、透明性を損なう可能性が高い。その結果、他のステークホルダーの利益を損なうことになりかねない。これに反して、株主が債権者、従業員、取引先企業の立場を兼ねているということがないのであれば、株主利益の保護は不明朗な関係を排し、透明性を確保する上で役立つと考えられる。
  3. 長期的な株主の利益を確保しようと考えるのであれば、指標としての株主価値は企業組織が全体として生み出す長期的経済価値をもっとも反映しやすい指標であると推測される。さらに企業価値を反映した指標である株価は、汎用的なものとして誰でも観察できるため、透明性の確保や統治行動の目的が明確になるという点で優れている。

結局この主張も、株主を主体とするガバナンスが全てのステークホルダーの利益を保護することに繋がるということを基盤とした考え方であり、株主のみの利益を語っているものでないことは明らかです。

4. コーポレートガバナンスシステムとしてのIR

企業がその資産・資本を効率的に活用し、高い企業価値を生成し、それを維持することこそが優れた経営者の役割であるということについて、異論をとなえる人はまずいないでしょう。前項までの議論を見るとき、株主や投資家の役割には、経営者がそうした役割を果たしているかどうかをモニタリングし、市場的解決ばかりを図るのではなく、対話を通じて経営者の意思決定に影響を及ぼすことも含まれていると言えそうです。それはどのように実現されるでしょうか。株主・投資家は、企業から発信された情報で、経営者が経営資源(人材、資本、資源)を有効にリンクし、価値創出を創出しているか、という点に着目してモニタリングしています。しかし投資家がめざす価値創出は企業経営者の絶えざる経営改善によって達成されるものであり、モニタリングを行うだけで達成することはできません。企業価値創造は、企業経営者と株主が積極的にエンゲージメント(目的を持った対話・関与)を深めていくことではじめて実現できるのです。このような投資家と企業とのリレーションは、日常的にIR活動として行われていますし、エンゲージメントとは、コーポレートガバナンスがめざす経営改善と資本の効率的な配分の実現を目的とする活動です。まさに、IRこそが、企業が経営改革を進めるため株主が役割を全うできる質の高い情報を市場に提供するものであり、IRによって経営者と投資家が企業価値創造についてのエンゲージメントを深めることにより、コーポレートガバナンスを有効に機能させる活動である、ということができるでしょう。これからのIR活動は、経営情報の発信と株主との対話という役割から、企業と株主、そしてステークホルダーとのエンゲージメントを司るものへと変化していくと予想されます。そして日本のコーポレートガバナンス改革は、企業が実践的なコーポレートガバナンスを実施し、企業価値向上を実現する上でIR活動が一層重要な役割を担うということを強く示唆しています。

12月1日のセミナーではこの点について、さらに議論を深めてゆきたいと考えています。

執筆 代表取締役副社長 角里香

* 経営者(経営委託者)が株主(オーナー)の意向にそぐわない意思決定を行うことによるコスト、および経営者が株主よりも情報優位にあることを利用して、自己の利益を高めようとすること(機会主義)によって発生する株主側のコスト。

** 将来の不測の事態をすべて予見したり、最適な行動を計算に入れたりすることは出来ないという人間の知的能力の限界を指す。

1 小佐野 広(2001 年 7 月)『コーポレートガバナンスの経済学』日本経済新聞社

2 大村敬一、増子信(2013年5月)『日本企業のガバナンス改革』日本経済新聞社
3 どちらも新制度学派の経済学者。コースはイギリス生まれの、アメリカの経済学者。1991年に「企業の本質」でノーベル経済学賞を受賞。ウイリアムソンは取引費用経済学の権威であり、209年にノーベル経済学賞を受賞した。
4 宮本光晴(2004 年 3 月)『企業システムの経済学』新世紀
5 宮本光晴(2004 年 3 月)『企業システムの経済学』新世紀